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山と渓谷社ちゃんと歩ける甲州街道 甲州道中四十四次 甲州街道44次53里24町を歩く詳細地図600810_-6263

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この商品について

アイテム説明

著者:八木 牧夫著
発売日:2015.10.09発売

江戸時代に制定された五街道の一つ、甲州街道を迷うことなく歩ける地図本。ちゃんと歩ける東海道・中山道の甲州街道(甲州道中)版です。

甲州街道は徳川家康が制定した五街道(東海道、中山道、甲州道中、奥州道中、日光道中)のひとつで、江戸時代は甲州道中と呼ばれていた。

五街道制覇は街道ウォーカーの目標であり、東海道、中山道の次に甲州街道を目指す人が多いが、東海道・中山道ほどメジャーではない為、街道を通した地図は皆無に近く、歩く人は自治体が作成する市町村ごとの地図を利用している。

徳川家康が制定した五街道のひとつで、江戸日本橋と中山道の下諏訪宿を結ぶ、55里219km四十四次の道のり。
江戸城での有事に備えた避難経路としての造られた道といわれ、途中、小仏峠や笹子峠を越え、韮崎の七里岩絶壁を遠望し、造り酒屋を堪能したり、諏訪湖を眺めるなど景色が
良いのも特徴です。
甲州街道をくまなく歩いて調べた著者が、一里塚の位置なども正確にプロット、名所旧跡などの見どころに加え、街道歩きに必要な食事処やトイレ、宿泊などもご紹介。

江戸時代に制定された五街道のひとつ、甲州街道が迷うことなく歩ける地図本です。

お詫びと訂正
※本書で以下の通り、誤りがございました。
お詫びして訂正させていただきます。

P30(誤)染谷不動尊→(正)染屋不動尊
P38(誤)彦五郎は春日守と名乗り→(正)彦五郎は春日盛と名乗り
P60(誤)正徳太子塔→(正)聖徳太子塔
P80(誤)萩野家は質屋で→(正)萩原家は質屋で
P83 瑞蓮寺の説明 (誤)天正九年(1581)武田信玄の創建、→(正)武田信玄の創建で、
P102 妙浄寺説明(誤)「高島堰開削」「高島夫妻」→(正)「徳島堰開削」「徳島夫妻」
P112三光寺の説明(誤)天正九年(1582)→(正)天文九年(1540)
P124(誤)茅野市→(正)諏訪市
※市境で左右両方「茅野市」になっている。左は「諏訪市」。
P126(誤)西願寺→(正)正願寺

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